太陽と緑の国 宮崎県 えびの高原 四季の旅

えびの高原関連

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    太陽と緑の国 宮崎県 えびの高原 四季の旅

    春はミヤマキリシマ、夏は避暑地、秋は紅葉、冬は樹氷と四季折々の美しさを堪能できる宮崎県「えびの高原」。
    温泉やキャンプ場もあるので、家族やカップルで楽しめるスポットです。
    こちらではそんな魅力満載のえびの高原について紹介いたします。

    えびの高原は、霧島屋久国立公園内にあり、霧島の最高峰である韓国岳、甑岳、白鳥山に囲まれたなだらかな高原で宮崎県と鹿児島県にまたがっている。 カルデラに、周りから土砂が入りこんで作られたもの。

    春はミヤマキリシマ、夏は涼しく(平均20℃程度)、秋はススキや紅葉、冬はスケート、年間を通して池めぐり等のトレッキング、山歩き等のレジャーに最適なところです。

    韓国岳北西斜面の火山性扇状地はススキ野となっており、秋には赤く色づく。これは硫黄山から噴出する亜硫酸ガスが酸化され希硫酸となりススキに含まれるアントシアンに作用するためとされ、えびの高原の雨の多さ、秋の気温低下、強い紫外線などの条件も関与していると考えられている。

    周辺の丘陵地にはアカマツなどの美林が広がっており、「森林浴の森100選」に選定されている。世界でもえびの高原近辺にしか自生しないノカイドウ(天然記念物指定)をはじめとして、ミヤマキリシマの群落、コツクバネウツギ、イワカガミやミヤマイツルソウなどの高山植物が見られる。

    キュウシュウジカやイノシシなどが生息しており、秋に雄のシカが雌のシカを呼ぶ鳴き声は「日本の音風景100選」に選定されている。

    歴史

    「えびの」という名称の由来は、秋になるとススキ野が一面葡萄(えび)色に変わる景色から名付けられたとする説が一般的である。その一方で、入り江(鹿児島湾)を望む火山(韓国岳)の裾野すなわち江火野を語源とする説もあり正確な由来はわかっていない。

    10世紀中頃には性空が修行に訪れ、江戸時代にはしばしば島津氏が立ち寄っている。江戸時代以降、硫黄山付近で硫黄の採掘が行われるようになった。

    1950年代に入ってから宮崎県が中心となって観光地としての整備が行われた。もともとは硫黄採掘者のための小屋が存在する程度だったが、1951年(昭和26年)、不動池付近にロシア風の山小屋が建設され登山客を集めるようになった。1953年(昭和28年)には飯野町からの県道が開通するとともに県営宿舎が開業している。

    1958年(昭和33年)には北霧島有料道路(県道1号)が開通しアクセスが改善された。この道路の建設にあたっては当時の国会議員瀬戸山三男の尽力があったといわれている。また、岩切章太郎によってえびの高原ホテル(当時の名称は霧島高原ホテル)が建てられ保養地としての整備が進んだ。観光開発初期の知名度はあまり高くはなかったが、当時の日本国有鉄道西部支社長がえびの高原を訪れ、準急列車の愛称に「えびの」を採用したことで日本全国に知られるようになった。

    施設

    えびの高原


    温泉


    その他


    宿泊施設

    えびの市について

    市の南部は霧島山とえびの高原の火山と火山性高原で形成され、霧島屋久国立公園に指定されている。北部は高原と山林で矢岳高原を形成する。市の中心部は加久藤盆地であり、温泉が湧出する。なお、標高1150mにあるえびの高原のアメダスでの1993年の降水量8511mmは年降水量の日本記録である。また、1968年2月26日には-20.2℃という九州地方における最低気温を記録している。

    えびの市(えびのし)は、宮崎県にある市である。南西部に位置する。

    えびの市観光スポット・祭事

    名所・旧跡・観光スポット
    祭事・催事